『堀さんと宮村くん』(略称『堀宮』)は、中高生を中心に絶大な人気を誇るWebコミックだ。作者であるHEROが自身のウェブサイトにて2007年2月頃から連載を開始。揺れ動く季節の高校生たちの群像劇を描き、トップページのアクセスカウンタは5000万を超える。スクウェア・エニックス社からはこれまでに15冊の単行本が刊行。萩原ダイスケによる“再コミカライズ”である『ホリミヤ』は、このほどシリーズ合計130万部を突破した。
日本を代表するWebコミックのひとつであり、同時に大手出版社が抱える人気作品ではあるが、実はメディアミックスは現在に至るまで行われていない――。いや、実は既にアニメーション版が存在している。しかしそのアニメーションは、大手出版社の企画でも、ましてや製作委員会方式によるものでもない、一つの小さな会社が作り上げた「完全自主制作」のOVA(オンリー・ビデオ・アニメーション)なのだ。
しかもアニメーションの企画・製作はおろか、販売・流通に至るまですべて一から独自に手がけ、さらには現在、新たな試みでアニメーターの労働環境の改善にも取り組んでいるという。これほどの作品で、なぜそのような挑戦的な試みがなされたのだろうか? tampen.jpでは、『堀宮OVA』を手がけた株式会社ウズの山田太ろうさん(『堀宮OVA』では、ゼネラルプロデューサーとして携わる)に、じっくりとお話を伺った。
現在も続く前代未聞のチャレンジの全貌と、その奥で静かに燃える送り手のスピリット。このインタビューは、『堀宮』ファンの皆さまだけでなく、すべての作り手、そして今も“何かしたい!”と願うすべての送り手の皆さまに、ちょっとだけ勇気を与えられるものになっているかもしれない。全3回でお届けする。
――もともとウズと『堀さんと宮村くん』はどういったきっかけで繋がったのですか?
山田太ろう(以下、山):ある日突然、HEROから相談されたんですよ。「“書籍化したい”って問い合わせが来ていて……」と。「何それ?」って聞いたら、「自分で描いている漫画があって」と打ち明けられて。その時点で5~6社来ていたのかな。そこで僕も初めて知り、あぁ、そういう時代なんだなぁと思いました。暫くして、その数社の中からスクウェア・エニックスさんに決め、HEROと打ち合わせに行きましたね。担当者からは「誤植もそのままでいい、描き直さなくていい、このまま印刷する」と説明されました。気が狂ってるんじゃないかと思ったけれど(笑)。刷る部数を聞いてまた驚いて、「勝負かけますね」と言ったら、担当者は「いや、そんなことはないですよ。絶対売れますよ」と。その後実際に部数も出て、重版になって……。そして2巻か3巻が出た辺り(2009年頃)から、これをアニメにしようかな、と思ったんですよね。
――「アニメにしようかな」と思えた、そこに至るまでの経緯を伺えればと思います。
山:もともとウズはデザイン会社だったんです。キャラクターデザインから、アニメの美術や、マーチャンダイジング的な事まで色々やっていました。そんなある時、大手メーカーさんから「フィギュアを作らないか?」という相談が来て。最初は抵抗があったけれど、「自分たちで“モノ”が作れれば、クライアントに企画を通さなくてもオリジナルキャラのフィギュアが自分たちで作れるようになるじゃん!」と思い立って、本格的にやり始めたんです。そこで初めて中国の工場を見学したり、原型や金型ってどういうものなのか調べて……。その頃、キッズステーションで放送していたアニメがようやく手を離れたので、他の仕事を断って数年そちらに注力しました。そして、やっと目処が立ったあたりから、もともとやっていた企画デザインの受注仕事を引き受けるために、新たに株式会社10GAUGEを立ち上げました。
取材に伺った株式会社ウズ/株式会社10GAUGEの共同オフィスには、これまで同社が手がけたフィギュアがずらりと並ぶ。
――なるほど。
山:そういう経緯があるので、もともと映像やアニメを企画から立ち上げることはウズとしては自然な流れなんですよ。で、原作はうちにあって、出版されてそれなりの部数も出ていると。ならそのファンの子たちの10%位はアニメも好きだろう、その中のさらに数割はインディーズでもOVAを買ってくれるかもしれない。なら1000枚くらいは売れるかなと(笑)。そういう軽いノリだったんですよね。ただ、アニメを作ること自体は出来るんですけれど、そこから「どうやって売ればいいのか」は分からない。そこで、色々な大手ビデオメーカーのプロデューサーに話を持って行ったんです。ところが皆が皆、話し始めるといきなり電卓を叩いたりするわけですよ……。「やってられない!」と思って。そんな最初から電卓叩いて、いいものが出来るわけが無い。そこでもう完全な自主制作に――、ぜんぶ自分たちでやってやるぞと決めたんですよね。
――しかし、『堀宮』の出版社自体はスクウェア・エニックスという大手ですし、より大きな規模でのメディアミックスになる可能性も十分にありました。それを決意された時点では、『堀宮』の書籍化もまだ2、3巻の段階だったわけですよね。そのオファーを待つという考えには至らなかったのですか?
山:どんな事でも、待っていてはダメでしょう。やってみてダメだったらそれでもいいじゃないか、と。「それは出来ないんじゃないか?」ではなくて、出来るか出来ないかはやってみないと分からない。書籍化してまだ1巻とか2巻でも「やろう!」と……それは僕からすると普通の事で、自然な動きですね。
――HEROさんや、ウズの社内からの反応はどうでしたか?
山:いやいや、誰にも相談していないです。HEROにすら(その時点では)何も言っていなかった。社内の誰も知らないまま、僕が勝手に動いていただけですから。
――(笑)
山:「あの人最近何やっているんだろうな」みたいな(笑)。で、自主制作をやるにあたって、著作権はどうなるのか、音楽が関わるなら原盤はどうなるのかも全部そこから調べ始めて。バーコードって誰が発行しているんだ? とか(笑)。何もかもやったことがなかったので。そういうことを一個一個潰していって、ようやく「やれる!」となった頃には、もう『堀宮』も7巻くらい(2010年後半)になっていたのかな。
『堀さんと宮村くん OVA』第1巻、第2巻 特別版パッケージ。
――具体的に『堀宮』OVAの制作はどこからスタートしましたか?
山:まずはラインプロデューサーを捕まえるところから始まりました。以前仕事で知り合った田代(雄一)という優秀な制作プロデューサーがいて、最初から彼に決めていました。実際に相談したら、「やります、(制作)会社は俺が説得します」と言ってくれて。スタッフ集めに関しては、僕から「全員が何かしらの“初”であること」を条件に彼に全面的にお願いしました。
――なぜ“初”というキーワードが出てきたのですか?
山:『堀宮』には手作り感が欲しいんですよ。今ってインディーズとメジャーではマーケットの規模と資本が違うだけで、実は中身にはあまり違いがない。インディーズでも、テレビアニメ1話分と同規模かそれ以上のお金がかかる。でもそれは絵には表れない部分なんですよね。どんなに簡単な絵だろうが複雑なものだろうが、原画1カットのお金は同じだから、制作費も変わらない。ベテランの手馴れたクリエイターにお願いすれば、それなりに格好良いものが出来ることはもう予想が出来てしまう。けれど、それでは“堀宮感”が無くなるんじゃないかと。そもそもこの作品のコア・ターゲットは10代から20代前半ぐらい。いくら原作があっても、どこをチョイスして映像化していくかのセンスは、僕のような商業ベースのおっさん感覚では分からない。共感できる世代があるはずなんですよ、特に『堀宮』のような作品は。だから脚本家も若い、出来れば女性の方がいい。監督も初監督がいい。とにかくマンガの堀宮っぽさがアニメにも欲しかったんです。それで集まってきたのが監督の夏目(真悟)くんと脚本の(綾奈)ゆにこちゃん、そして作画監督の沓名(健一)くんで。それぞれアニメーター歴は長いけれど、監督の夏目くんに到っては演出経験も数えるくらいしかなかった。重要だったのは、「あなたが今後どれだけ凄いアニメーション監督になったとしても、『わたしの最初の監督作品はこれです』と自信を持って言えるか」でした。夏目くんは「言えます」と言ってくれました。
――最初の時点で「全体を何巻構成にするか」は決まっていたのですか?
山:はい、決まっていました。
――しかし失礼ですが、もしかすれば、インディーズからの発売である以上、最初の1、2巻で上手くいかなければ、そのままシリーズが終わってしまう可能性もあったはずよね?
山:そうなんですよ……(笑) 連続もので、売れるかどうか分からない。しかも製作委員会方式ではないですから、一気にお金が下りてくるわけでもない。もしかすると1巻で終わっていたかもしれないんです。そこで(脚本家の)ゆにこちゃんに、各巻ごとにあえて“続きを観たくなる”終わらせ方をせずに、1巻、2巻それぞれで、いつ終わってもいいように脚本を書いてくれとお願いしました。商売を考えれば、「続きが観たくなる」終わらせ方をするのは鉄則なんです。けれど『堀宮OVA』はビジネス・お金儲けを意識していない、OVA自体も「原作を知っている子に喜んでもらえればいい」というスタンス。だからお金をかけた宣伝も基本的にしていないんですよ。知っている子だけが買ってくれればいい。制作費だけ回収できればいいぞと……極論で言えばですけれど。『堀宮OVA』は、素直に自分たちがこれを観たくて、ファンの子たちと共有したい……ただそれだけなんです。
『堀さんと宮村くん OVA』第1巻、第2巻特別版のパッケージは、1枚の大きな絵として繋がるようになっている。この中でもまだ描かれていないキャラクターがあり、さらに先の絵があることを伺わせている。
――なるほど……。しかしそれですと、これ(OVAのパッケージを指す)は……。
山:そう、そう! (笑) これはもう、矛盾するようなんですけれど……。パッケージの元絵は既に完成していて、さて次はどこを切り取ろうかと悩んでいる(笑) 選んだ場所によっては、さらに続きを作らなければいけませんから。こういう、ある意味(賭けのような)直感的な即興性はすごく楽しいですよ。
続く第2回では、実際に制作が始まってからのお話や、キャスティングの話題。そして独自の通販サイト『ウズラヤ』でのユニークな試みについても紹介する。どうぞお楽しみに!
ウズラヤ
http://www.oozlaya.jp/shop/
読解アヘン (『堀さんと宮村くん』が閲覧出来る)
http://dka-hero.com/
スクウェア・エニックスによるHERO単行本詳細
http://www.ganganonline.com/comic/asaosanto/