昨年5月にリリースされたRAM WIRESony Music Associated Records)のシングル楽曲僕らの手には何もないけど、のミュージックビデオをアニメーション作家の城井文(しろいあや)さんが手がけ、その可愛らしいヴィジュアルと哀しくも温かいストーリーが反響を呼んでいます。
今年2月にスペインで開催された
カタロニア国際アニメーション映画祭2016で正式上映された本作、実際に映画祭に参加された様子を含め、『僕らの手には何もないけど、』MVについて、城井さんにお話を伺いました。

まずは『僕らの手には何もないけど、』MVをご覧ください!


―― まずは
簡単な自己紹介をお願いします!

城井: 城井文と申します。アニメーション作家をしております。ミュージックビデオや、教育番組などの子供向けのアニメーション、CM、最近は絵本制作などもしています。代表作はMV『象の背中アステラス製薬CM『僕はアステラスのくすりなど。あと学校で講師の仕事もしています。

―― 『僕らの手には何もないけど、』MVについて教えてください。

城井: 子供を亡くし、悲しみにふけるお母さん羊。そんな姿を雲のうえから心配そうに見る子羊くんがあるアイディアを思いつき。。。という、お話です。


―― とても印象的なストーリーですが、どのように生まれたのですか?

城井: ストーリーは脚本家の金沢知樹さんが、ざっくりと「亡くなったお子さんが梯子で地上のお母さんにあいにくる」というアイディアを提案してくださいました。それを元に、ではどうやったら曲にあわせてアニメーションのストーリーとして成立するのか?というところを城井の方で考えました。
親子はどんな感じなのか?梯子はどうするのか?羊ならではの「羊毛」を使うなら、それはどうやって手に入れたものなのか?天国はどういうところなのか?などなど。ストーリーを作るときに一番クリアすべき「つじつまあわせ」を、絵コンテをホワホワと描きながら考えました。
RAM WIREのスタッフさんからのリクエストとしては歌詞とリンクしてなくても良いということでしたが、あまりかけ離れてもと思い、「誰かを助ける」エピソードを入れたかったので、友情も入れさせていただきました。

―― メーンキャラクターは、なぜ羊だったのでしょう?

城井: RAM(羊)WIREさんだからです(笑)。「RAM WIRE」は、羊さん達が絡まっている様子を表した造語です。

―― ストーリーに込めた想いを教えてください。また、一番伝えたかったことは何ですか?

城井: ストーリーに一番取り入れたかったのは、私が子供のころから感じていた”死ぬ事は限定から解き放たれた解放なのではないか?”という感覚です。限定とは肉体があること、男女の性別、環境、お金、意味付けなど、あらゆる事です。解放=執着を無くして魂の輝きだけになる、という感じです。それは大人になってから臨死体験の本を読んだり、死後の世界とのつながりを研究している人々の話などを聞くにつれただの妄想ではなく確信に近くなってきました。その表現のために、雲の上では、それぞれの羊たちが現世でどういう生を送ってきたかわかるよう、持ち物を持たせました。そのあと川を渡ると、持ち物は消えてしまいます。川の前後で執着がある様子、渡り切ってもう執着から解放された感を出しました。

解放なんだけれども、近しい人との「絆」や「ぬくもり」は確かにあった!という証拠みたいな作品にしたかった。普通は人が死んだら悲しむけども、実はその悲しいのは限定まみれの「地上」で起きていることで、天上界では解放されて明るい感じである、というコントラストを出したかったんです。近しい人が亡くなったら悲しむのは当たり前のこと・・・でも、天上界では楽しくやっていると、少しでも思っていただければ、という気持ちを込めたら、このような設定になりました。

そして、この、”限定という世の中を生きる”という事への前向きさも入れたいと思いました。”完全な解放が待っているからこそ、この短い限定をどう生きるか”ということが、人生なのではないかという事です。


―― 雲の上にいる「オオカミ」はどのようなキャラクターですか?

城井: 「オオカミ」は「ルシファー」と命名しました。私が大好きな漫画『だるまんの陰陽五行という、現役の歯医者さん(堀内信隆さん)が描いた漫画からヒントを得た名前です。ルシファーの語源は「ルックスフォルス」、つまり光で、元々は天使だったのが人間の成長を助けるために地上に墜ちた天使らしいです。世界中にある「一度墜ちて復活」する神話に興味を持って、「オオカミ」といいますか「ルシファー」もそんな感じの動きにもとれる気がして、名前をいただきました。

先ほど「歌詞に沿って友情も入れさせていただきました」と言ったのはルシファーの事です。これには大抵の方が気付かれるようです。


―― 本作の制作期間や制作の流れなどを教えてください。

城井: 制作期間は、今まで受けた仕事の中でも最も短いくらいで、1ヵ月ほどでした。4月上旬に絵コンテはできましたが、作画に入る前にCDジャケットの絵も描いたりしたので、5月の連休明けの締め切りを目指して、作画をものすごい短期間で仕上げました。編集の時間を考えると、遅くても連休に入る前に彩色が終わったデータを揃えないといけませんでした。Adobe Photoshopでの彩色と、After Effectsでの編集は、いつも人に頼んでいます。作画は基本一人で、作画用紙に鉛筆で描いています。他の仕事がかぶっていなかった事、学校も始まっていなかった事が、なんとかできた要因です。

―― カタロニア国際アニメーション映画祭正式出品おめでとうございます!現地に赴き参加されたそうですが、映画祭はどのような様子でしたか?

城井: ありがとうございます。映画祭の会場はとても賑わっていました。ロビーに一人でいると、学生さんがポートフォリオを持って私のところへアドヴァイスを求めに来たりして、向こうの学生さんって真面目で前向きだなぁと感心しました。

城井: 最終日の締めの上映は百日紅~Miss HOKUSAI~でした。その前の短編特集「Future is Female 5」プログラム11本の上映のうち2本はTsunami(津波)『Ama(海女)と海外の作家さんの作品ですがどちらも日本が舞台になっていました。

(編集注: Sofie Kampmark監督『Tsunami』 tampen.jpでも何度かご紹介しているデンマーク The Animation Workshop(TAW) 製作作品です!)


―― 本作上映時の様子を教えてください。

城井: この作品はキッズ向けのプログラム(Little Animac)で上映されました。監督挨拶はぜひ日本語でお願いしますと言われました。その方が観客が喜ぶということで、挨拶は事前に英語で打ち合わせをして私が日本語で挨拶。主催のカロリーナさんが訳してくれました。


写真: 映画祭メーン会場


写真: 舞台挨拶の様子


写真左: 城井監督、写真右: フェスティバルディレクターのカロリーナ・ロペス(Carolina López Caballero)さん


―― 本作に対する観客のみなさんの反応はどうでしたか?

城井: 会場にいると何人かから「観たよ!」と声をかけられました。キッズプログラムでの上映でしたが、小さなお子さんたちより、大人の方たちの方が反応があった感じです。とてもエモーショナルで響いてよかったとか、絵がビューティフルだとか、単純に「よかったよ!」とか「上映おめでとう!」と言われました。

―― 上映以外に何か特別なイベントなどはありましたか?

城井: ブレックファーストミーティングという、作家とお客さんが朝食をとりながら語り合う、というコーナーがあり気軽に参加したら、英語もスペイン語もわからないのに大勢の前で受け答えしないといけない形式でどうしようかと思いました。しかし主催者の方が気を利かせて簡単な質問だけしてくれたので助かりました。基本アニメーターもアニメーションを観に来るようなお客さんたちもあたたかい人たちが多いと思うので、そういういい雰囲気にも助けられ、ドキドキを通り越して違う惑星に来た感じで楽しめました。


―― 今回、映画祭に参加してみていかがでしたか?

城井: 日本のアニメーションは尊敬と憧れの的であるということを感じました。私の作品はジャパニメーションと呼ばれるような商業アニメではないけれど、日本人というだけでちょっとひいき目に見られる感じはありました。それは日本のアニメが、その特質のみならず、背景にある我々の生活や随所に表れる日本人の精神性なども含めたうえで高く評価されているからだと感じました

あと、英語ができないのは私だけで、ヨーロッパの方も南米の方も皆、母国語でなくても英語ができるので、そこだけは心底、「英語ができたらもっとコミュニケーションがとれるのに〜!」と情けなく感じました。


―― 大人気の本作、絵本にもなったんですよね!絵本について教えてください。

城井: はい、『僕らの手には何もないけど、』MVのプロデューサーさんが、是非絵本にと推してくださり、くものうえのハリーというタイトルで昨年末に発売されました。絵本になっても話が通じるだろうか?という不安はあったのですが、絵本の読み聞かせイベントで感動し泣いてくださる方が多く安心しました。
また、この本をJAPAN絵本よみきかせ協会代表の景山聖子さんが「この本は育児に疲れたお母さんが、子供への愛を再認識するのにとても役立つ」とブログやイベントでとりあげてくださり、「そ、そうなんだ〜」という驚きとともにありがたく思っています。実際、小さなお子さんがいらっしゃるお母様方からの反響が大きいようです。


―― 城井さんの今後のご活動予定を教えてください。

城井: 今年はなぜか絵本のオファーが多いので、がんばって絵本と、アニメーション作家と名乗るには、やはり自主制作もしないとなぁと思っています。とりあえず8月9日に絵本 あなのあいたおけ(文屋)が発売予定です。

―― それでは最後に、tampen.jp読者のみなさんに一言お願いします!

城井: 今は先輩たちのみならず、若い作家さんたちの才能に本当に驚かされ、圧倒されながら、作品を楽しませていただいております。私はこの仕事でかろうじて生きてきましたが、何度も生活を考えるなら就職した方がいいんじゃないか?と思ってきました。若い作家さんたちは才能があるので、私よりは生きやすいだろなーと思いつつも、もし「大変だなー」と思っている方がいらっしゃいましたらお互いがんばりましょーとエールをお送りします。


カタロニア国際アニメーション映画祭
Animac, the International Animation Film Festival of Catalonia
http://www.animac.cat/


城井文(しろいあや)
http://www.shiroi-aya.com/


絵本『くものうえのハリー
amazon
楽天ブックス


僕らの手には何もないけど、
RAM WIRE
AICL-2870/シングル/2015.05.27 /¥1,204+税


RAM WIRE
http://www.ramwire.com/

RAM WIRE MUSIC VIDEO BEST
AIBL-9326 / DVD /2016.12.16 /¥1,667+税

Amazon:
http://www.amazon.co.jp/RAM-WIRE-MUSIC-VIDEO-BEST/dp/B016QVBQ72

『僕らの手には何もないけど、』から派生したショートアニメ『くものうえのハリーの映像が収録!