冬のアーセナル

こんにちは!小谷野萌です。第一弾、第二段に引き続き、今回で最終回となりますデンマーク滞在のようすをご報告させていただきます。

小谷野萌のアーティスト・イン・レジデンスinデンマーク/TAW Open Workshopレポート1
小谷野萌のアーティスト・イン・レジデンスinデンマーク/TAW Open Workshopレポート2

前回の9月のレポートから約半年、思い起こすと怒涛のラストスパートでした。この間に、デンマークの本格的な冬を生き抜き、クリスマスを過ごしたり、また制作では作曲家との音楽作りなど、公私ともどもいろいろなことがありました。忙しく楽しく過ごした半年を振り返ってご報告したいと思います。


Viborgの湖


凍っているので湖に立てるのです。

うわさどおり、デンマークの冬はとてつもなく寒かったです。基本的に雨か曇り、そして何より風が強いので、傘がさせません。こういう天気が一年の大半を占めると考えると、夏の間、みんながあんなに幸せそうに外で遊びまわっていたことも納得です。


雪の積もるアーセナル


夜のスケートリンク

しかしそのような寒い時期ならではの楽しいイベントは、やはりクリスマスです。
わたしのいるTAW(The Animation Workshop)でも11月に、所属しているOpen Workshop(OW)TAWの教員やスタッフ、そして隣接する産学複合施設、通称アーセナルの人々が集まった大きなクリスマスパーティーがありました。なぜ11月に開催されるかというと本当のクリスマスの時期にはみんな家族に会うため故郷に帰ってしまうからです。こちらではクリスマスは必ず家族とゆったり過ごし、お正月は恋人や友人とパーティーなどで集まるといいます。これは日本とは逆の習慣に思えますね。

ちなみに、お正月の過ごし方はかなり過激で、クリスマス以降、ここぞとばかりに絶えず花火が上がっています。(デンマークではお正月など、決まった時期以外に花火をあげるのは違法なのです。)



アーセナルのクリスマスパーティー

クリスマスパーティーで印象に残っているのは、プレゼント交換です。各テーブルに二つのサイコロが配られ、みんなが順番に振っていき、目が揃ったひとがツリーの下に置かれたプレゼントを取りに行ってよいというルールです。(勝った人は何回でも取りに行ってよい)ここまでは平和なのですが、ツリーの下のプレゼントがなくなった後は既に誰かが持っているプレゼントを奪ってよいルールが発動され、これ以降はプレゼントの奪い合いが延々と繰り広げられ、ヴァイキングの血が感じられる光景でした。

クリスマス当日は友人宅にお邪魔し過ごしたのですが、このときはディナーのあと家族みんなで手をつなぎ、歌を歌いながらツリーの周りをダンスするというデンマークの伝統的なイベントを体験しました。大人も子供もいっしょになって飛び跳ねているのは楽しかったし、本物のモミの木にろうそくの火が揺らめいている様子はとても美しくて、心地よい穏やかな時間が流れていました。

12月にはわたしにとって制作に関する大事なイベントがもうひとつありました。前回のレポートでも紹介したコンポーザーのAmosさんとAndreaさんが、わたしと友人のSoetkinさんのそれぞれの音楽制作のためにイタリアからTAWに再度訪れました。


サウンドルームでの打ち合わせ


レコーディングで効果音の素材について相談しているようす

今回私がAmosさんに依頼したのは、サウンドデザイン以外の作品中の3つの音楽の制作です。事前にSkypeなどで打ち合わせはしていましたが、10日間のデンマーク滞在の間に、録音、奏者とのやりとりなど、すべてを終えるにはなかなかタイトなスケジュールで、ほとんどサウンドスタジオにこもりきりで制作に打ち込みました。


奏者とのレコーディングの様子


AndreaさんとAmosさん

この10日間で自分もアニメーションを作りつつ、作曲家と直接話し合い、曲のイメージを伝えるのはかなり体力の要る作業でしたが、個々に録音した音がだんだんと音楽として成り立っていく様子を間近でみられたことは、わたしのアニメーション制作へのモチベーションも一緒に引き上げてくれるような高揚感がありました。そしてなにより、Amosさんが「自分の好きなことで仕事ができてこんなに幸せなことはない」と、本当に楽しそうに音楽を作ってくれ、その頼もしさに救われました。また、制作スケジュールやうまくいかないことばかりを気にして落ち込んでいた自分に喝を入れてくれたような気がしました。

彼とは音楽を作り終えたあと二人で小さなお疲れ様会をして、お互いの身の上話や今後の夢などを語り合うことができ、そこでも彼のハッピーなオーラにやられ、こういう風に気持ちのよい人と一緒に作品をつくることができてよかったとかみ締めました。


Amosさんの滞在最終日に仲間たちと

さて、続いては年が明けた1月の上映会についてです。
Open Workshopメンバーによる作品、そしてBAC(学士)コースの学生の卒業制作の同時上映が、Fororamaという一般の映画館で行われました。この時期にはインターンシップに行っていた学生たちが卒業式と上映会に参加するため各地から戻ってきて賑わいました。


映画館の待合


スクリーニングの様子

卒業制作作品は全部で7作品ほとんどがグループ制作のなか、ゲーム作品、個人制作のアニメーション作品もひとつずつあり、どれも見応えがありました。グループ作品は全体をとおしてエンターテインメント性の高い作品が多く、会場からは絶えず笑い声が聞こえていました。またゲーム作品の発表ではプレゼンテーターの学生がiPadでプレイしている画面がスクリーンに映し出され、背景デザインや色彩、光の使い方などクオリティの高さに感心しました。中でも私が一番印象的だったのは、唯一個人でアニメーションを制作したPernille Kjærさん (Pernillekjaer.tumblr.com)の『Tiger』です。
可解で魅力的なキャラクターとストーリー展開が秀逸でした。彼女はインターンシップに行く代わりに私と同じくOpen Workshopに所属し新しい作品を作っていたので、後述するOpen Workshopのプレミア上映会でも二作品を観ることができ、難解でポップな世界観に魅了されました。

こちらのTAW公式ページで卒業作品を観ることができるので気になった方はぜひ覗いてみてください。
Pernille Kjær『Tiger』以下のリンクより選択して観る事が出来ます)
http://www.animwork.dk/en/bachelor_films/2016/

続いて同時期に開催されたOpen Workshopのプレミア作品上映会について。ここでは7作品が上映され、2D、ロトスコープ、実写、コマ撮りなど様々な技法で作られた作家性の高い作品を観ることができました。
特にわたしの気になった作品は、ロトスコープの技法を使ったUri & Michelle Kranot監督『How Long, Not Long』。群衆をロトスコープすることで絵具の凹凸やうねりがアニメーションとなり、また人々の動き、リズムが、訴えかけるようなピアノの音と混ざり合う、鮮やかな作品でした。また、ドキュメンタリーアニメーション作品あるSoetkin Vestegenさんの『Mr.Sand』は実写映像、コマ撮り、ロトスコープなど様々な技法をミックスしていました。映画館で起こった火事をテーマにしており、作中で彼女が採用したあらゆるアニメーション技法が、誰かの内緒話を聞いているような作品の緊張感を引き立てていました。
この作品は今年のアヌシー国際アニメーション映画祭でも上映予定です。

Soetkin Vestegen『Mr.Sand』トレイラー

そして最後に紹介したいのが、Réka Bucsiさんの『LOVE』。今年のベルリン映画祭にもノミネートされ話題を集めています。彼女の卒業制作『Symphony No.42』は2014年の広島国際アニメーションフェスティバルでヒロシマ賞を受賞しているので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。とある惑星で繰り広げられる「愛」の交換が、ときに優しく、ときに激しく波打つように語られます。ひとつひとつのシーンが美しく、見終えた後も宇宙を旅したような浮遊感の残る大作でした。

Réka Bucsi『Symphony No.42』

Réka Bucsi『LOVE』

このほかにもOpenWorkshopの興味深いプロジェクトを挙げるときりがないのですがこの辺にして。わたし自身の作品について話を戻したいと思います。

今までのレポートでもご紹介したように、アドバイザーや作曲家、サウンドデザイナーなど沢山の人の協力を得て、今年の2月、無事に作品を完成させることが出来ました。

タイトルは『Apple Slices』。11分38秒の物語アニメーションです。ミステリー小説を読み進める感覚で観ることのできるアニメーションを作りたいと思ったのがきっかけでした。国内での上映はまだ未定ですが、これから映画祭などに提出していきたいと思っております。

『Apple Slices』トレイラーショートバージョン

制作の後半に、エンドクレジットに載せる名前を確認するため、今まで制作に関わってくれた人々に連絡を取りました。彼らはクレジットの掲載を許可するだけ無く、わたしの作品のことや今後の活動に付いて気にかけてくれ、この人たちは単に作品を介して知り合っただけでなくこの一年間のデンマークでの生活を精神的に支えてくれた人なのだと、改めて実感し、クレジットシーンの制作は最も感慨深いものになりました。
わたしはシャイで、誰とでもオープンに話せる性格ではありませんでしたが、それでも好きな作品の話や制作の話を深く語り合える友達が出来たし、そういった人たちが縦ではなく横に繋がって制作の体制を柔軟に変化させていくやりかたを知る事が出来たことが新鮮でした。

絵本を作ったから出版会社を探している、いいアイディアがあるからそれをもとにゲームを作れる人を探している、アニメーションの企画があるからプロデューサーを探している。こういった問題に対する解決策が、彼らにはより身近に、明確にあるように感じました。その自由度はとても羨ましいし、わたしも自分のやりたいことに対するアプローチが、一年前には考えていなかったような方法でできるのではないかという刺激にもなりました。
今後アニメーションを作り続けていく上で、まだまだ向き合わなくてはいけない難しい問題が山積みですが、Viborgに命からがらたどりついたあの日よりは少しはパワーアップできたのではないかと思います。

デンマークで出逢った人々と、Open Workshopを紹介して頂いたtampen.jpの久保亜美香編集長に感謝の意をこめて、デンマークでのアーティスト・イン・レジデンス最後のレポートとさせていただきます。今までレポートを読んでいただき、ありがとうございました。

Hej Hej Denmark!


世界でも有数のアニメーション/アート産学複合施設TAW(The Animation Workshop)からジェネラル・ディレクターのモートン・トーニンさんが招かれ、TAWで制作された代表的なアニメーション作品の上映と、TAWや、彼らを取り巻くヨーロッパ、ひいては世界でのアニメーション/作品作りの現状を、日本の制作環境と照らし合わせてお話しします。OWに興味のある方も、ぜひお越しください!

東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)2016
2016 招待作品
TAW(The Animation Workshop)―ものを作る考え方―
http://animefestival.jp/ja/

◆プログラム詳細ページ
http://animefestival.jp/screen/list/20163677/
◆みどころ説明ページ
http://animefestival.jp/ja/recommend/spedu/

開催日時: 2016年3月19日(土) 16:50 - 18:25
会場: TOHOシネマズ日本橋 スクリーン3
料金: 一般 1,000円、学生 800円
※チケットのお申込みや詳細は公式サイトをご覧ください