すでに発表されているとおり、豊島区は「東アジア文化都市 2019」に正式決定した。豊島区は今後、豊島区の芸術文化や伝統文化をさまざなかたちで発信していく予定だ。その一環として「東アジア文化都市 2019豊島」のプロモーション映像を、山下敦弘(『リンダ リンダ リンダ』『ハード・コア』)と久野遥子(『Airy Me』『花とアリス殺人事件』)が共同監督した。同作は、実写で撮影した映像を下敷にして作画をおこなう、ロトスコープ という手法が採用されている。そこでtampen.jpが、共同監督を務めた久野遥子にインタヴューをおこなった。実写映画監督とのコラボレーションやロトスコープ について、たっぷりと語ってもらった。 取材/構成=田中大裕


「東アジア文化都市 2019豊島」公式サイト
https://culturecity-toshima.com


久野遥子/Yoko KUNO
2013年多摩美術大学卒業後、アニメーション、イラストレーション、漫画を中心に活動。代表作としてcuushe『Airy Me』MV、Eテレ『人形劇ガラピコぷ~』OP、岩井俊二監督作『花とアリス殺人事件』や映画『クレヨンしんちゃん』
シリーズ、TVアニメ『宝石の国』のスタッフ参加。2017年7月に初コミックス『甘木唯子のツノと愛』を刊行。


ーー本作は、山下敦弘監督との共同監督体制で制作されておりますが、具体的にはどのようにかかわったのでしょうか? また、制作にあたり山下監督と、どのようなやりとりをしたのかも教えてください。

久野遥子(以下、久野) はじめに企画として私にアニメ制作の声が掛かったのですが、豊島区という実在する街を描くにあたって、ひとりでつくる自信がもてませんでした。そこでたまたま別件で面識のあった山下監督と一緒に制作できれば、山下監督の作風も相まってよりリアルで良い作品になるのではないかと思い、(山下監督を)お誘いしました。その後、山下監督の参加が決まってからは、どういう作品にしようかふたりで時間をかけて話し合いました。そうして作品の核になる部分が固まったら、山下監督に脚本を書いていただきました。その脚本を元に私がイメージボードを描いて、さらにそのイメージボードを元に実写撮影をおこないました。撮影現場には私も同行しました。撮影後の作画作業がしやすいように、気になるところがあれば逐一確認したり、反対に山下監督のほうから質問していただいたりもしました。ふたりで相談しながら撮影作業を進めていました。作画作業に入る前に、撮影した実写素材の編集や音響制作にも同行しました。作画に入ってからも、完成したカットがある程度たまったら、その都度山下監督に確認してもらい、そこで表情の作画や色味を修正した部分もあります。

ーー実写撮影と作画でお互いに不干渉なものだと、てっきり思っていたのですが、そうではないのですね。むしろ正反対で、とても密にやりとりをされていたと。

久野 そうですね。もちろん、作業自体は分担していましたが、私も山下監督もお互いの分野について専門外だったので、細かくコンセンサスをとりました。

ーー山下監督の意見を反映して、絵を修正されたとのことですが、具体的にはどのような修正がおこなわれたのでしょうか?

久野 作画にかんする修正要求は、ほとんどありませんでした。表情にかんして2カットくらいあったかな。主人公を演じてくれた女の子には、笑うと目元に二本しわが出る特徴があったんです。それが魅力的だったので、作画にも反映できないかと言われました。ただ実写と絵ではやはり違うので、試しに二本しわを描いてみたところ『NARUTO』みたいになってしまって(笑)。最終的には一本だけ描きました。それだけでもかなり本人の雰囲気に近づきましたね。作画にかんして大きくはそれくらいだったと思います。一方で色味にかんしては、細かく話し合いました。最初は(完成版よりも)人物はリアル寄りの色でいこうという話だったのですが、仮色として置いていた色を山下監督が気に入ってくださり、調整を重ねて現在の色味に落ち着きました。山下監督も「実写ではこんなに細かく(色を)指定したことはない」とおっしゃっていました。アニメーションは実写に比べるとかなり自由に色が変えられるので。

ーーちなみに、本作の作画は、すべてデジタルでおこなわれたのでしょうか?

久野 そうですね。すべてCLIP STUDIOやPhotoshopを使用しておこないました。ただ最後のカットだけは、もっと水彩っぽい質感がほしかったので、一度プリントアウトしたものに水をつけたりして、アナログなアプローチも加味しています。

ーー本作は、ほかのひとには見えていない世界を描くという点において、『Ariy Me』や『甘木唯子のツノと愛』など、久野監督の過去作と共通するテーマ性をかんじました。やはり、世界観にかんしても、久野監督の色が大いに反映されていると考えてよいのでしょうか?

久野 もしそう感じられたのだとしたら、たまたまだと思いますね。山下監督も女の子を主人公にした作品をよく撮られていますし、登場人物の心情をクローズアップするものが多いと思います。なので、恐れ多いですがお互いの得意分野や世界観に重なる部分が多かった、ということではないかなと。ただ車窓のシーンについては、山下監督から「久野さんにおまかせします」とおっしゃっていただいたので、そこだけ私の作風が前面に出ているかもしれないですね。

ーー本作には、手塚治虫と思われるマンガ家が登場しますね。久野監督の元々の絵柄について、手塚治虫との類似性を指摘されることが、すくなからずあったと思うのですが、ご自身ではどのようにお考えですか?

久野 たしかに(手塚治虫に似ていると)よく言われます。手塚治虫はすごく好きなので、影響も受けていると思いますね。ただ本作に登場するマンガ家は、特定の個人というよりは、もうちょっと象徴的な存在と考えています。そもそも今回なぜマンガ家を扱ったのかというと、豊島区にトキワ荘があったことを知って山下監督がとても興味をもったことからはじまりました。主人公の女の子が変身すると帽子をかぶっている、というのも山下監督のアイディアです。

ーー映画『トキワ荘の青春』(市川準、1996年)もありますしね

久野 どちらかというと山下監督も映画の印象が強かったのではないかと思います。

ーー本作はロトスコープで制作されていますね。久野監督は過去の講演で、演技ではない動きを描きだすおもしろさがロトスコープにはある、とおっしゃっていました。だから『Spread』では、演技ができない赤ちゃんを被写体に選んだ、とも。そういう意味では本作も、表現的には『Spread』の延長線上にあるという理解でよろしいでしょうか?

久野 たまたまなのですが、今回主人公を演じてくれたのは、プロの役者ではない子なんです。そういう意味では、『Spread』の表現に近いと言えるかもしれません。お芝居をしているつもりがない動きに、子どもらしさであったり、かわいらしさがよく出ていました。それは私の想像力だけではだせないものだったと思います。こちらの意図からあまりにも外れてしまっている動きにかんしては、作画作業のときに削ってしまったりもしているのですが、基本的には本人の動きを活かす方針で作業しました。一方、マンガ家はプロの役者さんに演じていただいたのですが、振り返るだけでもほんとにすばらしいお芝居だったので、とくに芝居の足し引きはせずに描きました。

ーー本作を見たとき、個人的にはGianluigi Toccafondo(★1)を連想したのですが、本作を制作するにあたり、ロトスコープ を導入している作品をあらためて参照したりはしましたか?

久野 とくに特定の作家を参照したりはしていないのですが、ロトスコープ が効果的に使われている作品がもともと好きなので、過去の作品からの影響というのは、無意識に現れているかもしれません。

ーーちなみに、ロトスコープをもちいた作品のなかで、「とくにこの作品が好き」というのがあれば教えてください。

久野 『When The Day Breaks』(Wendy Tilby/Amanda Forbis、1999年)が好きですね。

ーーもともとロトスコープ に関心があったとのことでしたが、ロトスコープ のどういったところに魅力を感じていますか。

久野 アニメーションって本来であれば、想像で描いかなければならない部分が、どうしても多くなってしまうと思うのですが、なんていうか、そこには絵を描くうえでのある種の欺瞞があるようにも感じていて。自分でも気がつかないうちに、ナチュラルに嘘をついてしまうというか。自分のなかの恣意的な尺度を、じつは無意識のうちに当てはめているんじゃないかなと。そういう無自覚のまま囚われている固定観念が、ロトスコープ によってあぶりだされるような感覚はあります。「本当はこういうふうに身体を傾けるじゃん」とか「実際にはこういうふうに体重をかけるよね」というリアリズムが、物語を効率的に語るうえでは必要ない、見ようによってはもしかするとノイズにも感じられるような動きというのが、実写には絶対に入ってくるんですよね。そこになるべく嘘をつかないことで、なんでもない瞬間にも説得力が宿ると思うし、世界の見え方に深みを与えられるのではないかなと。いっけん些細なことではあるのですが、そういうところが大事だと思うので。ちなみに、私はロトスコープ 以外の作画についても、動きの参考として、実際に動画を撮影したりします。

ーーアニメーションが積み重ねてきた歴史のなかで、「こういうふうに描けばそれらしくみえる」という「型」が、ある程度は標準化されているように思います。他方で、だからこそそうした「型」を喰い破っていくのが困難な側面も、すくなからずあるように思います。なので、ロトスコープ によって固定観念をとり払い、人間の動きというのをあらためて、いちからとらえなおしていこうとするのは興味深いです。

久野 いまはデジタル技術を利用して比較的簡単にロトスコープ ができるようになりました。なので、昔と比較すると、ロトスコープ を導入しやすい環境になっていると思います。かつてロトスコープ が採用されづらかったのは、やはりコストの問題が大きかったと思うので。デジタル技術が発達したことで、そのあたりは昔に比べて改善しています。簡単にできるようになったことで、ロトスコープ を数ある手法のなかのひとつとしてフラットにとらえるつくり手は、増えてきているように思いますね。今後ますますそうなっていくのではないでしょうか。

ーー久野監督は、山下監督のほかにも、岩井俊二監督と組んでアニメーションを制作されたご経験がありますね。実写監督と組んでアニメーションをつくるおもしろさを教えてください。あるいは、苦労でもよいのですが(笑)。

久野 そうですね(笑)。まず、山下監督と岩井監督では、アプローチがまったく違いました。岩井監督は、普段から絵を描いてますし、描きたいという想いも強い方なんです。あがってきた原画にたいして、岩井監督みずから手を入れて修正したりするくらい、自分の理想とする絵がはっきりある方です。そのぶんジャッジも厳しいので、苦労したこともありますね。一方で山下監督は、絵の世界そのものを自分の分野として扱わない方だったのですが、そのぶんこちらに信頼を置いていただいたので、まかせてもらえる部分が多かったですね。おふたりともに共通していたのは、アニメーションにするうえで必要な要素と不必要な要素の判断が、的確だったことです。すばらしい映画監督は、映像が実写であってもアニメーションであっても、本質的には関係ないのだと思いました。


ーー実写監督と組んでアニメーションをつくってみて、ふだんのアニメーション制作とは違った発見などはありましたか?

久野 今回でいえば、実写素材の編集をしていたときです。採用テイクを吟味していたのですが、アニメーションだったらふつうこっちは選ばないよな、というテイクを(山下監督が)選ばれるのが、すごくおもしろかったですね。最後のカットで、女の子が目をキョロキョロしたり舌をだしたり、最終的には白目をむいていたんですね(笑)。そうではなくふつうに笑っているテイクもあって、一般的なアニメであれば、そっちを選ぶと思うのですが、山下監督が「絶対にこっちのほうがいい」とおっしゃって、おどけているテイクを採用しました。本人の個性を活かすことで、紋切り型ではない子どものみずみずしさが表現できたと思っています。尺の都合で白目をむいているところはカットしてしまったのですが(笑)。

ーー久野監督はさまざまなアニメーションにかかわっています。個人作家としてはもちろん、『クレヨンしんちゃん』のようなドローイングのタッチを活かした作品にスタッフとしてかかわったり、他方で『宝石の国』では本格的な3DCG作品にかかわっています。それぞれの作品がめざしている地点は違うと思うのですが、かかわる際の意識もガラッと変わるのでしょうか? 

久野 もちろん、それぞれに違いはあります。ただ、だからといってまったく違う意識でのぞんでいるかといえば、そうでもないような気がしますね。『宝石の国』ではモーション・キャプチャーも利用していますし、『クレヨンしんちゃん』はデザインがかなりデフォルメされているので、「リアルさ」にばかり気をとられてしまうと、お芝居が地味になりすぎてしまうというのはあると思いますが、とはいえ繊細なお芝居の感覚が必要な作品だと考えています。どの作品にかんしても、現実の感覚から完全に切り離されているわけではなくて、現実の感覚をどうやってアニメーションに翻訳していくか、というアウトプットのかたちが違うだけなんだと思います。そういう意味では、やり方はぜんぜん違うけれど、どの作品作りも地続きにとらえているところがあるかもしれませんね。


★1イタリアのアニメーション作家。日本ではユナイテッドアローズの企業CMで知られる。代表作に『La Pista』(1991年)『La Piccola Russa』(2004年)など。


【東アジア文化都市 2019豊島・オープニング展示情報】
区庁舎がマンガ・アニメの城になる

会期: 2019年2月1日(金)~11日(月・祝) 
時間: 9:00~17:00
会場: 豊島区役所本庁舎3階~5階/10階豊島の森
料金:無料
参加: クリヨウジ/さいとう・たかを/夏目房之介/しりあがり寿/久野遥子 ほか

その他の詳細は下記サイトを参照
https://culturecity-toshima.com/event/971/


オールとしま・ウエルカム・東アジア
会期: 2月1日(金)~3日(日) 
時間: 11:00~20:30※3日のみ16:00まで
会場: 東京芸術ギャラリー1
料金: 無料
参加: 手塚治虫/赤塚不二夫/鈴木伸一/水野英子/里中満智子/山田貴敏/島本和彦/藤田和日郎/藤沢とおる ほか 

[トークセッション]

2月2日(土)
15:00〜 鈴木伸一×ひこねのりお進行:古川タク(マンガ・アニメ部門総合ディレクター)
17:00〜 古川タク×久野遥子進行:土居伸彰(マンガ・アニメ部門事業ディレクター)
2月3日(日)
12:30〜 藤沢とおる×山田貴敏進行:山内康裕(マンガ・アニメ部門事業ディレクター)
14:30〜 島本和彦×藤田和日郎進行:石田真悟(小学館 ゲッサン編集部)

無料/入場整理券あり 各回45分程度を予定※各日11:00より入場整理券を配布

その他の詳細は下記サイトを参照
https://culturecity-toshima.com/event/965/


オープニング展示スタンプラリー
東アジア文化都市2019豊島/池袋PRアニメ 特製クリアファイルをプレゼント※限定数なくなり次第終了
※2月4日以降は「区庁舎がマンガ・アニメの城になる」のみの参加でも特製クリアファイル1種のプレゼント
※詳細は現地係員におたずねください