デンマーク、自然豊かなViborg(ヴィボー)の町にあるアニメーション教育/産業複合施設The Animation Workshop(TAW)で実施されているアーティスト・イン・レジデンス・プログラム「Open Workshop(OW)」で2013年9月から約1年間、オリジナル短編アニメーション作品の制作を行った松井幸子(まついさちこ)さん。
今回はその、
3DCGアニメーター/アニメーションディレクターである松井さんに、設備・サポート共に充実し、制作に最適な環境を提供するTAWOWで、世界中から集ったアーティストたちに刺激を受けながら制作した様子と、作品『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』について、お話をうかがいました。

まずは、松井幸子さんの作品『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』を、ご覧ください!

―― 『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』はどのような作品ですか?

松井: この作品のストーリーは「はじめてのおつかい」で、私の子供の頃の思い出がベースとなっています。
主人公NICOちゃんは、あるものを買うために、一人でお買い物に行くことにしました。いつものように、大事なものをお気に入りのパンダのバッグに詰めて、お母さんがいつもしているようにお化粧をして・・・いざ出発!しかし、いつもと同じ道、いつもと同じお店のはずなのに、お母さんが一緒じゃないと何かが違う。NICOちゃんにとって初めてのちいさな大冒険です。


画像: 『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』より

―― 制作に至ったきっかけを教えてください。

松井: 私は普段、映像・アニメプロダクションで3DCGアニメーターとして働いています。個人制作も好きで、フリーランスとしてPVを手掛けたりしていたので、いつか制作できるチャンスがあればいいなと思い、ストーリーを書いていました。
ずっと子供向けのアニメーションが作りたかったので、自分の子供の頃の思い出をもとに、とにかくかわいくて、ストーリーがわからないような子供でも観ているだけで楽しむことができるような、カラフルで楽しい絵の作品をつくろうと思ったのがきっかけです。

―― 企画はどのように進めましたか?

松井: 渡航前からストーリーボードはある程度出来ていましたが、そういった作業経験があまりなかったので明確な良し悪しのジャッジが出来ずにいました。そこで、OW制作開始後すぐコーディネーターに相談したところ、フランス人のストーリーボードアーティストを紹介してくれたので、彼に相談しながら進めました。知らなかったことや、自分にはない着眼点に毎日驚いていた記憶があります。細かいカット割りやヨーロピアンならではの考え方など、参考になることが多かったです。それまでは全く意識していませんでしたが、自分の作品や制作手法には日本の文化が根付いていると実感しました。相談しながらも悩むことが多く、時間のかかる作業となりましたが、もっと勉強したいと思いました。


画像: 『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』より

―― 制作過程について教えてください。

松井: 制作に使用したソフトウェアは、Maya、Adobe Photoshop、TVPaint Animation、Adobe AfterEffectsです。

キャラクターモデリングに関しては、2D(平面)上のデザインでしかなかったキャラクターが3D(立体的)になっていくことがとても楽しく、どんどん進めることができました作業スペースに来る人来る人が私の作るキャラクターを見て、「ルックスソーージャパニーズ!オールモストサチコー!!(とても日本人らしいね、君によく似ている)」と言いました。これも全く意識していませんでしたが、私の日本人魂が知らず知らず炸裂していたようです。

画像: キャラクターデザイン

画像: 3Dのためのキャラクターデザイン
画像: 3DになったNICOちゃん

松井: バックグラウンドの方もキャラクター同様さくさくモデリングを進めていきましたが、一通り作り終えたところで、何だかしっくりこないことに気付きました。悩む中クリスマスを迎え、赴いたシチリア島(イタリア)で、好いインスピレーションを得ました。年が明けて制作を再開してからは、失敗しないためにも新しいデザインでイメージボードを作り、イメージを具体化してから制作。かなりのロスはありましたが、この変更はとても重要だったと思います。


画像: 背景デザイン


画像: 背景のイメージボード


画像: 『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』より、完成した背景

松井: キャラクターの動きの要であるリギングは、良い動きをつけるためにもとても重要な工程ですが、様々な知識が必要であり、専門的に習ったことのない私には難しいことも多く、OWではリギングアーティストに相談し、要点を教わったりしました。また、TAWで行われるリギングの授業に出席させてもらったりもしました。

しかし、全工程を通じ一番難しかったのは、英語での会話でした!ただでさえ不得意な分野のことを、英語で教わるというのはとても難しく、つい数か月前まで英語を話したことのなかった私は、一生懸命説明してくれる相手に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。でもせっかくのチャンスを無駄にはできないので、途中から開き直って、相手に何度も何度も説明を求めたり、お互い紙に絵や図を描きながら進めたりしました。そんな片言英語の子供のような私に、みんな優しくしてくださり、英語は伝える気持ちと場数だということを学びました!


写真: 3Dクラスのみんな


画像: 3Dになりポーズも付いたキャラクターたち。

松井: そうして、自分の得意分野であるアニメーション作業に入ってしまうと、あとは順調に進みました。というか、とにかくここで時間を稼ぐしかなかったので、ハイペースで進めました。しかし、今思えばアニメーターとしてもっと時間を割いてクオリティーを上げるべきだったのでは、と少し後悔しています。

レンダリングはパソコンのスペック次第なので時間がかかりそうでしたが、幸い学生が夏休みの時期だったので、学生のパソコンを何台も使用し、さらに自分のスペースにもパソコンを増やしてもらい、周囲の人にサイバーステーションと言われながら、何とか予定していたスケジュールに間に合わせました。

そこから先のコンポジット作業は、画作りの仕上げ部分なのでとても楽しく、エフェクトを足したり、ヨーロッパではメジャーなTVPaint Animationを教わりながら使ってみたりと、新しいことを色々試しました。やればやるほど欲が出てきて、逆に終わらないパターン。期限も迫っていたので、24時間体制で制作と生活を謳歌しました。悔いはありません!

結果、プリプロダクションに約7か月、プロダクションに約5か月、ポストプロダクションに約1か月を費やし、作品完成に至りました。作品完成後は、TAWでの上映のほか、デンマーク、フランス、日本など、いくつかのアニメーションフェスティバルで上映していただきました。ヨーロッパのアニメーションフェスティバルにはTAWが応募してくれます。日本国内のフェスティバルには私個人で応募したりもしました。


写真: サイバーステーションと言われたレンダリングの様子


写真: 作業スペース


写真: きれいな朝日

―― 本制作に於いて技術的に意識したことは?また、今作での挑戦は何でしたか?

松井: 技術的には、背景(手描きと3DCG)とキャラクター(3DCG)のマッチング、そして手描きで描いたような質感にこだわりました。中でも、主人公の洋服の模様や背景デザインには複雑な形を取り入れて、3DCGだからこそできるようなデザインを意識しました。
また色づかいに関しては、私の大好きな、カラフルで彩度の高い色合いです。レンダリングの際には陰影で暗くなりすぎてしまったりしたので、色合いのマッチングなど、コンポジットにかけて試行錯誤しました。

今回挑戦だったのは、”全てを一人で制作する”ことでした。プロダクションで働くときは、アニメーターとして動きを専門としていますが、今回はシナリオからコンポジットまで、全て自分で制作しました。元々、フリーランスとしてなど、個人制作する機会はありましたが、今回は制作に専念できる1年という時間をいただいたので、苦手な部分や知識が浅い部分を勉強しながら、今までやらなかったことに挑戦し、制作を進めました。


写真: VFXのプレゼン後!

―― 音響制作はどのように行いましたか?

松井: TAWにはテクニカルチームという、パソコン、機械関連の事ならなんでも請け負ってくれる部門があり、そこに属する彼らは同時に音響制作のプロでもあります。通常の場合、彼らに頼むことができるのですが、毎年TAWの卒業制作フィルム全ての音響を担っていることもあり、タイミングによっては依頼ができないこともあります。私の場合がそうでした。音響制作だけは自分ではできないので、OWのコーディネーターに相談をして、人を探してもらいました。結果、引き受けてくれたのは個人でスタジオを立ち上げているサウンドデザイナーの友人で、OWと契約を結び、プロとして制作してもらいました。その他、主人公の声などは自分で演じました。ミキサーを使える友人に手伝ってもらい、TAW内のスタジオで録音しました。滞在中にミキシングが終わらなかったので、日本に帰国後も音響面に関しては最後までやり取りをしていました。

―― OWで制作することは、日本で制作することとどのような違いがありましたか?

松井: まず、世界中の様々なアーティストと一緒に制作ができること!
OWには世界中から人々が集まっていて、国によって様々な考え方や見方があるので、毎日驚きの連続でした。世の中には色々な人がいると思ってはいましたが、こんなにも自分の想像を超えた人たちがいるなんて!と、とても刺激的でした。私は、イタリア人、ハンガリー人、リトアニア人、アイルランド人、のアーティストたちと作業スペースを共有していて、それぞれが、イラストレーション、ストップモーション、2Dアニメーション、と多種多様な制作を行っている、楽しい空間でした。誰かがSkype(スカイプ)で故郷の家族と映像通話する時はいつも全員参加で、私が日本に住む両親と話した時は、父(白ひげ&黒縁めがね)を見て「オーマイゴーッド!ハヤオミヤザキ!?」と盛り上がっていました(笑)


写真: 世界中から集まるアーティストたち


写真: 作業スペースの仲間たち

松井: そしてもうひとつは、誰もがアーティストであり生徒であり先生であり友達であるということ!
OWでは、学生も先生も、全ての人がアーティストとしてお互いを尊敬して、意見を交換することができます。そこに上下関係などの縛りはなく、とてもフランクに、作品をよりよくするために協力し合うことができるし、困ったことがあれば、助けて!の一言で周りが全力でカバーしてくれます。細かいルールにとらわれず、フレキシブルに動くことができ、学びたいことを学び、逆に教えられることは教える。そして、制作から一歩離れればみんな友達として関わり、良い意味で個人の肩書きや周りを意識することなく、制作と素晴らしい日々を送ることができる――。
OWの生活では、私の考え方を180度変えたといっても過言ではないくらい、沢山の出来ごとがありました。それは単純に日本との違いというか、文化や環境の違いでもあるのですが、私には素晴らしく心地の良い場所でした。自分が動きさえすれば、やりたいことがすべて叶えられる、文字通り夢のような場所でした。英語に関しては、いまだによくわからないけれど、ただ、開き直ってから沢山友達ができて、毎日大好きな人たちとしゃべって遊んで制作して・・・滞在後半は持ち前のマシンガントーク炸裂で、ご機嫌に過ごしました。


写真: 夏は毎日外ランチ!


写真: スパイダーパーティー


写真: イタリア人によるピザパーティー


写真: タコスパーティー


写真: 夏、大好きな湖にて

―― 現在の活動と、今後の予定を教えてください。

松井: 現在は、日本でゲームのモーション制作をしています。映像とは違った難しさや面白さがあり、勉強の日々です。チームで人と関わりながら制作することで、一人の制作では得られないものを沢山得ることができます。
また、11月からは高知県大月町にて、「Animator in Paradise -あにめのいろは-」という企画に参加しています。
授業やワークショップを開催し、大月町の方々と一緒に自然豊かな大月町を舞台にしたアニメーションを一緒に制作、上映をするという企画です。様々なご縁があり、この企画もTAWとコラボレーションしています。私にとっては、また新しいことに挑戦できることが嬉しく、どんな楽しいことが起こるのかわくわくしています!とっても素適な企画ですので、ご興味のある方は是非こちらをご覧ください。
Animator in Paradise: http://anim8paradise.blog.jp/
Facebook: https://www.facebook.com/anim8paradise/

そしてその後はまた、映像制作に戻ろうと考えています。アニメーション映画の制作にも携わりたいと思っています。国内外問わず、フットワークを軽く、色々な制作に携わっていきたいと思います。なにか面白いプロジェクトがあれば声をかけてください、飛んでいきます!しばらくはプロダクションで経験を積み、パワーアップしたらまた、OWで短編を制作したいと考えています。


写真: 集合写真的なもの、TAW中心にある建物アーセナルにて

―― 最後に、tampen.jp読者のみなさんへメッセージをお願いします!

松井: オンラインで観ることができるので、より多くの方に観ていいただきたいと思っています。そして、観ていただければ、私がどれだけ楽しんで制作をしていたかということが、より伝わるのではないかと思います。


画像: 『FIRST SHOPPING TRIP ALONE』より


松井幸子
http://sachiko0420.blogspot.jp/

TAW(The Animation Workshop)
http://www.animwork.dk/en/